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寺尾京平教授ら国際共同研究チームが転移に関わるがん細胞を計測する「細胞パチンコデバイス」を開発しました

 本学部機械システムコースの寺尾京平教授(香川大学微細構造デバイス統合研究センター副センター長)は、フランス国立科学研究センター(CNRS)のCatherine Villardディレクターとの国際共同研究の成果として、がん転移過程で重要な、がん細胞の変形と回復を1細胞ずつ計測するパチンコデバイス(Pachinko Device)と呼ぶ新たな技術を開発しました。
 がん細胞は血液中を循環することで、離れた臓器へ転移するに至ります。しかし、がん細胞の血中循環の過程はよくわかっていません。本研究では、その過程を生体外で調べるために、毛細血管の狭窄構造を半導体微細加工技術で再現し、がん細胞が変形しながら狭窄を通過し、通過した後に形状を回復する一連の過程を計測するマイクロデバイスの開発に取り組みました。細胞一個と同程度の大きさ(数マイクロメートル)の微細構造の間を細胞一個一個が流れて移動し、キャッチされる様子から細胞パチンコデバイスと名付けました。このデバイスによって、がん細胞の変形と回復を計測することに成功し、循環過程のがん細胞の様々な物理的な特性を得ることが可能となりました。本技術を応用することで、がん転移における血中循環過程のメカニズムの解明や、将来的には、血中がん細胞をターゲットにした創薬、薬効評価、細胞診断に繋がることが期待されます。
 本研究は科学技術振興機構(JST)「創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR212D)」の支援により実施され、本研究成果は、バイオマイクロデバイス分野で代表的な論文誌Lab on a Chip誌に論文が掲載されました。

【掲載論文】
論文名:Deformation under flow and morphological recovery of cancer cells
雑誌名:Lab on a Chip
デジタルオブジェクト識別子(DOI):10.1039/D4LC00246F
著者:Emile Gasser, Emilie Su, Kotryna Vaid?iulyt?, Nassiba Abbade, Hamizah Cognart,
Jean-Baptiste Manneville, Jean-Louis Viovy, Matthieu Piel, Jean-Yves Pierga, Kyohei Terao(寺尾京平)*, Catherine Villard* (*共同責任著者)

【研究の背景】
 がんによる死の多くは転移を伴います。がん細胞は血液中を循環することで、離れた臓器へ転移するに至ります。しかし、がん細胞の血中循環の過程はよくわかっていません。がん細胞は、微小な毛細血管部より大きいため、狭い場所を血流にのって変形しながら通過していると考えられていますが、そのときにどのような物理的な刺激を受け、がん細胞の性質を維持したり変化しているか、それがどのように転移に影響するのか解明されていません。がん転移メカニズム解明のため、この過程の計測は世界的に高い注目を集めています。しかし、がん細胞の微小な血液循環の過程を生体内で計測することは極めて難しいため、生体外に微小な血管に似た形状を再現する試みが世界的になされています。これまでは世界中の様々なグループで生体外に再現した微小血管形状を使って、がん細胞がどのように変形して通過するかという観点で計測されてきましたが、狭い場所を変形して通過した後のがん細胞が通過直後からどのように形を回復したり、機能を変化させるかということは計測が困難であり未解明なままでした。

【本研究のアプローチ】
 本研究ではがん細胞の変形による狭い部分の通過だけでなく、通過した直後からの細胞の形の回復や変化に着目し、それを細胞1個ずつ計測することに取り組みました。本成果では、半導体微細加工技術を応用し、微小な毛細血管部を再現するとともに、そこを通過した直後のがん細胞を微細構造でキャッチし、その場に留めて観察する新たなマイクロデバイスを開発しました。細胞が1個ずつ狭い場所を通過し、流れによって微細構造にキャッチされる様子から、「パチンコデバイス(Pachinko device)」と名付けました。これらの技術開発とがん細胞を使った評価実験を、香川大学とフランス国立科学研究センター(CNRS)の研究チームが国際共同研究として実施しました。

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【本技術がもたらす成果】
 パチンコデバイスによって、がん細胞が微小な狭窄部を変形しながら流れによって通過し、直後に微細構造にキャッチされ、形状を回復する様子を観察できます。その形状の回復過程から、細胞1個1個の硬さや粘りといった粘弾性と呼ばれる細胞の物理的な性質をがん細胞毎の個性として数値で得ることができます。さらに、本成果では、がん細胞の変形からの回復では、細胞膜内面のタンパク質層であるアクトミオシン皮質が大きな役割を果たすことを示しました。
 パチンコデバイスによって、がん細胞の変形過程だけでなく、これまでは計測が困難だった変形後の回復過程も1個1個の細胞で計測できるようになり、がん細胞の血液循環ががん転移に与える影響を解明することに繋がることが期待されます。また、形状回復の計測で効率的に得られる細胞の粘弾性の特性は、がん細胞種毎に異なる結果が得られており、がん細胞の転移能力を見分ける細胞診断につながる可能性があります。

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【今後の展開】
 パチンコデバイスは、がんの転移において重要な過程である血液循環過程を解明する新しい研究用のツールになるだけでなく、がん細胞の変形と回復が転移に与える影響が明らかになれば、関連する因子を対象にした創薬に役立つことが期待されます。また、開発した薬が、がん細胞の血液循環過程に与える効果を評価するツールにもなりえます。さらに、特定のがん細胞に限らない方法のため、様々な細胞の変形と回復の挙動の違いから細胞を見分けることができれば、将来的には細胞診断として疾患の新しい診断技術に結び付く可能性があります。