香川大学 瀬戸内圏研究センター長
農学部海洋環境学研究室
教授 多田邦尚
化学海洋学?生物海洋学
2017/11/01 掲載
研究の概要
本年、「沿岸海域の低次生物生産過程と生元素循環に関する研究」というタイトルで、日仏海洋学会賞を頂きました。「低次生物生産」とは、海洋の食物連鎖系(下図)において、食う食われるの関係の出発点の植物プランクトン(1次生産者)、およびその植物プランクトンを摂食するミジンコのような動物プランクトン(2次生産者)の増殖(生産)の事を言います。また「生元素」とは、生物の維持?活動に不可欠な炭素?窒素?リン等の元素の事です。
海洋科学入門(多田ら 2014)
私はこれまで、沿岸海域の低次の生物生産過程とその変動要因、およびそれに伴う生元素の循環について、一次生産性から海底における有機物の無機化過程に至るまで、フィールド観測と室内実験による検証を実施し、現場型の研究を展開してきました。
海では、植物プランクトンや海藻類が太陽の光と、海水中に溶けこんだ二酸化炭素と、窒素?リンといった栄養分をもとに、光合成を行い有機物を合成します。その有機物を動物プランクトンが摂食し、さらにそれを小型魚が、さらに大型魚が捕食する事で、生物活動を通して、物質は環境中で循環しています。また、生物の排泄物や死体(有機物)は、細菌(バクテリア)が無機物にまで分解するので、再び植物プランクトンの光合成に利用されることになります。このような、海洋での生物生産過程とそれに伴う生元素の循環について、主に窒素やリンを指標にして、生物活動の活発な沿岸海域において研究を実施しました。また、その研究成果を通して、世界の代表的な閉鎖性の強い沿岸海域である瀬戸内海の環境変遷の理解と、その環境保全について考えています。
研究の成果
まず、海洋食物連鎖の出発点である植物プランクトンの一次生産量(光合成量)の測定を瀬戸内海の全域で実施し、この海域の生物生産力の指標となる成果をあげました。上図の海洋の食物連鎖系のピラミッドの底辺で、どれくらいの生物生産量があるのかを明らかにした訳です。また、大型珪藻(Coscinodiscus wailesii)や夜光虫(Noctiluca scintillans)といった、時として沿岸海域で極めて大きな生物量を占めるプランクトンについて、長年に渡って生物量の増減過程とその化学成分を測定し、これらの生物を巡る生元素(炭素?窒素?ケイ素など)の動きを明らかにしました。これらの顕微鏡でないと見えないような微小な生物が、沿岸海域の窒素やリン、あるいはケイ素と言った元素の循環に大きな役割を果たしている事を明らかにしました。海の物質循環は、このような微小な生物によって成り立っていることがわかりました。
さらに、海水中を沈降した有機物は海底に蓄積されることになりますが、その海底泥中に蓄積された有機物量や、海底泥からの栄養塩類(無機態の窒素?リン)の溶出量についても研究しました。その結果、水深の浅い沿岸海域では、陸上から河川などを通してもたらされる窒素やリンに匹敵する量が、海底の泥から海水中に供給されていることが明らかになりました。このようなデータは、高度経済成長期以降きれいになった瀬戸内海の環境変遷を知る上で極めて重要な情報を提供することになりました。これらの研究成果は、我が国の沿岸海域に関わる多くの研究者に引用されています。
我々の仕事は、海洋環境を正確に把握し、環境に生じた問題を理解し、問題への対策を考える事です。例えば、海の窒素やリンの物質循環のメカニズムを正確に把握し、瀬戸内海の近年の栄養塩濃度減少の問題については、どうしてその濃度が減少したのか?そのメカニズムはどうなっているのか?あるいは水産生物への影響はどうか?を突き止め、その上で栄養塩管理を如何にすべきか?あるいは、このままだと、栄養塩濃度は将来どうなるのかの予測をすることが、海洋環境学の任務なのです。
この研究の将来的な展望
現在は、沿岸海洋環境の研究を幅広く続ける一方で、魚類養殖場の環境劣化や、瀬戸内海を中心に大きな問題となっている栄養塩濃度の低下、これを原因とする養殖海苔の色落ち対策などにも積極的に取り組み、科学的な研究成果をあげると共にその対応策を検討しています。これらの研究成果が、目の前の瀬戸内海の環境保全に帰する事が期待されています。
さらに、一般市民にもっと海に関心を持ってもらい、また、おいしい魚を食べることなどから海洋生態系の恩恵を享受する事(生態系サービス)の重要性を認識してもらい、更に地方自治体とも共同して環境保全?創造にむけた活動の展開を考えています。そのために、現在は瀬戸内海の環境研究をベースに、経済学や法学などの社会科学系の研究者とも共同し研究を展開しています。
研究の魅力
海は、わからない事が驚くほど沢山あります。いつも「海の事がもっと知りたい」と思って研究しています。研究成果が得られるたびに、「へえ~、こんなしくみになってたのか?」とか、「海って、すごい!」と思う事がよくあります。それが研究の魅力だと思います。そして、自分達の研究成果が、大好きな瀬戸内海の環境保全の一助になれば、それ以上に嬉しい事はありません。
今、お読みの本を教えてください
- 日本の海はなぜ豊かなのか 北里 洋 著 岩波書店
- 大学改革という病 山口裕之 著 明石書店
- 友情 ~平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」 山中伸弥 平尾誠二?恵子 講談社
意識して選んでいる訳ではなく、たまたま最近、読んでいた本です。
趣味
少林寺拳法(趣味ではなく、ライフワーク)
音楽鑑賞(Jazz, R&B, ポップスなんでも。クラシック以外なら)
発表論文
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Tada, K., Monaka, K., Morishita, M. and Hashimoto, T. : Standing stocks and production rates of phytoplankton and abundance of bacteria in the Seto Inland Sea, Japan. Journal of Oceanography 54, 285 - 295 (1998).
Tada, K. Pithakpol, S., Yano, R. and Montani, S. : Carbon and nitrogen content of Noctiluca scintillans in the Seto Inland Sea, Japan. Journal of Plankton Research 22, 1203 - 1211 (2000).
Tada, K., Pithakpol, S., Ichimi, K. and Montani, S. : Carbon, nitrogen, phosphorus, and chlorophyll a content of the large diatom, Coscinodiscus wailesii and its abundance in the Seto Inland Sea, Japan. Fisheries Science 66, 509 –514 (2000).
Tada, K., Sakai, K., Nakano, K., Takemura, A., and Montani, S.: Size-fractionated phytoplankton biomass in coral reef waters off Sesoko Island, Okinawa, Japan. Journal of Plankton Research, 25, 991- 997 (2003).
Tada, K., Pithakpol, S., and Montani, S.: Seasonal variation in the abundance of Noctiluca scintillans in the Seto Inland Sea, Japan. Plankton Biology and Ecology, 51, 7-14 (2004).
多田邦尚?一見和彦:浅海域海底の微細藻類の活性と底泥からの栄養塩の溶出, 沿岸海洋研究, 47,29 - 37 (2009)
Tada, K.,Suksomjit, M., Ichimi, K., Funaki, Y., Montani, S., Yamada, M. and Harrison, P.J. : Diatoms Grow Faster Using Ammonium in Rapidy Flushed Eutrophic Dokai Bay, Japan.. Journal of Oceanography, 65, 885 – 891 (2009).
多田邦尚?藤原宗弘?本城凡夫:瀬戸内海の水質環境と水産業, 分析化学会誌, 59, 945 – 955 (2010)
多田邦尚?西川哲也?樽谷賢治?山本圭吾?一見和彦?山口一岩?本城凡夫:瀬戸内海東部海域の栄養塩低下とその低次生物生産過程への影響, 沿岸海洋研究,52,39-47 (2014).
多田邦尚?大山憲一?白土晃一?益井敏光?深尾剛志?吉松定昭:2013年に播磨灘?備讃瀬戸(香川県沿岸)で発生した Coscinodiscus wailesii の大増殖. 日本水産学会誌, 81, 979-986(2015)
Tada, K., Koomklang, J., Ichimi, K. and Yamaguchi, H.: Negligible effect of the benthic fauna on measuring the nutrient upward fluxes from coastal sediments, Journal of Oceanography, 73, 397-402 (2017).
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他約120編