香川大学 医学部?薬理学
准教授 中野大介
薬理学?基礎腎臓病学
2021/11/8 掲載
研究室HP http://www.med.kagawa-u.ac.jp/~yakuri/
研究結果の概要
おしっこを作る臓器「腎臓」について研究しています。腎臓は極めて複雑な構造をしており、それに付随して病気の成り立ちも複雑です。2つあるから大丈夫と言っているうちに機能がどんどん落ちていき、元に戻ることはないと言われています。それをどうにかしようと中身をツツキ回っています。最近の仕事では、血管とそれに抱き着いている細胞(ペリサイトと呼びます)、そして、腎臓で尿を作る際に中心的な役割を果たす尿細管細胞との会話について報告しました(Kittikulsuth et al. AJP Renal 2021)。
その論文においては、
? 腎臓の細胞が傷ついた際に、普段は毛細血管を支えている細胞が、掃除屋?修理屋として駆けつけることを発見しました。
?この細胞は、病気の腎臓において臓器を固くして病気から治りにくくすることが良く知られていましたが、それだけではなく腎臓にとって好ましい仕事も出来ることを証明しました。
研究の背景?成果
心血管手術や、腎がんに伴う腎部分摘出などの際に、腎臓の機能が急激に低下することがあります。これを急性腎障害と言います。急性腎障害では、腎臓の尿細管細胞に急激なストレスがかかり、細胞死が生じます。死んでしまった尿細管細胞は、尿細管から剥がれ落ち、尿の通り道を塞いでしまいます。これが広範にわたって生じると尿を生成できなくなり、死に至ります。これを防ぐために、免疫細胞であるマクロファージや貪食能を得た尿細管細胞が死細胞を掃除することが知られています。
今回着目したのはNG2という分子を発現した細胞です。NG2は腎臓ではペリサイトに発現しています。我々は、マウスの腎血流を一時的に止めることにより生じる急性腎障害において、NG2陽性細胞の数が増加し、毛細血管から剥がれることを見出していました(Zhang et al. Kidney Int. 2018)。今回の研究においては、このNG2陽性細胞の性質の一部について解き明かすことに成功しました(下画:医学部生?中村俊介君の画です)。すなわち、一部のNG2陽性細胞はマクロファージマーカー分子であるF4/80やCD11bを発現し、貪食活性を獲得していることを発見したのです。この貪食細胞化したペリサイトを、急性腎障害を起こしたマウスに補充すると、急性腎障害からの回復が早まりました。
ペリサイトは虚血再灌流後において、コラーゲンを発現する筋線維芽細胞様性質を獲得することは報告されていましたが、今回発見した貪食能を有するNG2陽性細胞ではコラーゲン発現は増えておらず、抗炎症性物質の発現が亢進しておりました。このような多様な細胞集団が、急激な臓器障害後に出現して、臓器機能回復に一役買っていることが明らかとなりました。
研究の魅力
教科書に書いてないことを発見できる。教科書に一節書き加えられるかもしれない。誰かの治療に役立つかもしれない。医学研究の魅力は、直接的な「発明」で治療に貢献できる可能性を秘めていることはもちろん、そうでなくても自分の発見を知った誰かが凄いことを思いついて、後の大発見になるような研究をしてくれるかもしれない。そんな繋がりを常に感じさせてくれるところです。同時に、今の医学が、過去の偉大な研究者たちのとてつもない仕事の積み重ねをベースとして成り立っていることを、感嘆と共に改めて実感できます。
研究を始まったきっかけ
大学時代、部活の先輩に誘われました(ソフトテニス部)
この研究の将来的な展望
腎臓が死に至ると、透析か腎移植かの2択になります。日本では需要に対して移植の機会は限られており、多くが透析となります。1回4時間?週3日の拘束となります。こうなることを遅らせる、あるいは「ならない」ようにすることが究極の目標です。
上記の発表論文に関しては、やり残していることがたくさんあります。この研究では、どのようなシグナルがペリサイト形質転換の運命を決定づけるのかが不明です。このシグナル系が判明すれば、障害発生時に、ペリサイトにおいて筋線維芽細胞でなく、貪食クリアランス細胞への形質転換を誘導できるようになります。これにより急性腎障害からの早期の回復が見込めるだけでなく、慢性腎臓病化に対する予防効果が期待されます。
今、お読みの本を教えてください
重松清「ステップ」
伊坂幸太郎「魔王」
最近は、重松清―伊坂幸太郎―そのほかの気になったもの のサイクルになっています。一般書物も科学論文も読むの遅いです。
趣味
酒飲み
発表論文のURL
American Journal of Physiology Renal Physiology
Renal NG2-expressing cells have macrophage-like phenotype and facilitate renal recovery after ischemic injury?
Wararat Kittikulsuth1, Daisuke Nakano1, Kento Kitada1, Norio Suzuki2, Masayuki Yamamoto3, Akira Nishiyama1
1.? ? 香川大学医学部薬理学
2.? ? 東北大学大学院医学系研究科附属創生応用医学研究センター酸素医学分野
3.? ? 東北大学東北メディカル?メガバンク機構
https://journals.physiology.org/doi/abs/10.1152/ajprenal.00011.2021?rfr_dat=cr_pub++0pubmed&url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori%3Arid%3Acrossref.org
謝辞
この研究は、JSPS科学研究費基盤C(15K19456、15K08236)、基盤研究B(18H03191)、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化) (15KK0346)および香川大学次世代リーディングリサーチ経費(2017年、2018年)による助成を受け、行われました。